この記事で分かること
- 労働基準法 第 89 条「常時 10 人以上」の 届出義務基準とマイクロ法人の位置づけ
- 代表 1 人法人で 就業規則がなくても合法である理由と、それでも作るべき 4 つの状況
- 「役員と従業員」「家族従業員」「業務委託」での適用範囲の違い
- 雛形ベースで 1 日で作る最小構成(必須記載事項 11 項目)
- 税務調査・労務トラブルでの 就業規則が効くシーン
- 厚労省「モデル就業規則」と独自カスタマイズすべき条項
- FAQ 6 問(変更時届出・周知義務・36 協定との関係 等)
当記事は労働基準法・労働契約法・厚生労働省「モデル就業規則」(令和 5 年版)に基づくリサーチ解説です。労務トラブル予防は個別事情で対応が分かれるため、最終判断は社会保険労務士にご相談ください。
就業規則の届出義務は「常時 10 人以上」だけ
労働基準法 第 89 条:
常時十人以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。
ポイントは **「常時 10 人以上」**と 「労働者」。マイクロ法人の典型構成(代表 1 人 + 配偶者 0〜1 人 + 業務委託数名)では、ほぼ間違いなくこの要件に該当しません。
つまり 就業規則がなくても合法。これがマイクロ法人で「就業規則は不要」と言われる根拠です。
ただし「義務がない = 作らなくていい」ではありません。 内部規程として整っているかは信用と税務調査耐性に直結します。
それでも作るべき 4 つの状況
1. 配偶者・親族を役員以外(=従業員)として雇うとき
家族を 使用人として雇う場合、所得税法 第 56 条(家族専従者給与)の要件として「労務の実態」が問われます。労務時間・業務内容を就業規則ベースで明確化しておくと、税務調査で給与の損金性を否認されにくくなります。
2. 業務委託先と継続契約を結ぶとき
業務委託契約書とは別に、業務遂行ルール(情報セキュリティ・成果物所有権・秘密保持)を 業務委託規程として整備しておくと、後の紛争予防になります。就業規則そのものは業務委託に直接適用されませんが、「同社の内部ルール」として委託先に提示できる効果があります。
3. 補助金・融資・許認可申請で提示を求められたとき
事業再構築補助金・小規模事業者持続化補助金・金融機関融資・古物商等の許認可で、組織体制を示す資料として就業規則の提出が事実上求められるケースがあります。「作っていない」より「整備している」方が審査心証は良くなります。
4. 自分自身の労務管理を明文化したいとき
代表 1 人でも、出張規程・慶弔規程・健康診断規程などを内規として持っていると、 税務上の経費否認リスクを下げられます。例:旅費規程があれば日当を非課税で支給できる(所基通 9-3)。
雛形ベースで 1 日で作る最小構成
労働基準法 第 89 条が定める **絶対的必要記載事項(届出時)**は 11 項目です。届出義務がないマイクロ法人でも、これらをカバーした規程を持っておくと社会的信用が高まります。
必須 11 項目
- 始業・終業時刻、休憩時間
- 休日(週 1 以上 or 4 週 4 日以上)
- 休暇(年次有給休暇、その他の休暇)
- 交替制の場合の就業時転換
- 賃金の決定・計算・支払の方法
- 賃金の締切・支払時期
- 昇給に関する事項
- 退職に関する事項(解雇事由含む)
- 退職手当(定めがある場合)
- 臨時の賃金・最低賃金額(定めがある場合)
- 食費・作業用品・安全衛生・職業訓練・災害補償・表彰・制裁(定めがある場合)
厚労省モデル就業規則の活用
厚労省サイトで 「モデル就業規則」(毎年改訂)が無料配布されています。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/
roudoukijun/zigyonushi/model/index.html
これを雛形にして、マイクロ法人用にカスタマイズします。
マイクロ法人で削除・修正すべき条項
| モデル規則の条項 | 修正方針 |
|---|---|
| 通勤手当 | 在宅勤務中心なら削除 or 実費精算に変更 |
| 試用期間 | 雇用予定なしなら削除 |
| 休職制度 | 適用対象者の規模に応じて削除 or 簡素化 |
| 慶弔休暇 | 自分自身に適用するなら残す |
| ハラスメント防止 | 必須残置(事業主義務、労働施策総合推進法 第 30 条の 2) |
| 安全衛生 | 健康診断義務だけ残す(労働安全衛生法 第 66 条) |
カスタマイズすべき重要条項
旅費規程
旅費規程に基づいて支給する出張日当は 所得税法上非課税(所基通 9-3)。マイクロ法人で旅費規程を整備し、社会通念上相当な金額(国内日帰り 2,000〜5,000 円、宿泊 5,000〜10,000 円程度)の日当を支給すれば、給与として課税されずに法人経費化できます。
慶弔見舞金規程
結婚祝金・弔慰金・出産祝金等は規程に基づき社会通念上相当な金額(数万円程度)を支給すれば 損金算入可・受取側非課税(所基通 9-23)。代表 1 人法人でも自分・家族向けに整備しておく価値があります。
福利厚生規程
健康診断費用(年 1 回・人間ドック)、社員旅行(年 1 回・1 人 10 万円以内、参加率 50% 以上)、永年勤続表彰(10 年以上)等は規程整備により損金算入可。
税務調査・労務トラブルでの実効性
税務調査で効くシーン
- 役員報酬・家族給与の妥当性:労務実態を就業規則・労務台帳で立証
- 旅費・日当の非課税性:旅費規程の存在 + 社会通念上の金額が条件
- 福利厚生費の損金性:規程整備 + 全員対象が条件
- 慶弔費の損金性:規程に基づく支給であることが必要
労務トラブルで効くシーン
- 業務委託先との 成果物所有権・秘密保持
- 雇用した家族との 業務範囲・賃金根拠の明確化
- 退職・解雇時の 手続きとトラブル予防(労働契約法 第 16 条 解雇権濫用法理)
作成後の運用
周知義務(労働基準法 第 106 条)
労働者を雇う場合(10 人未満でも)は 周知義務あり。次のいずれかで周知:
- 常時各作業場の見やすい場所への掲示・備付け
- 書面交付
- 電子データの常時参照可能化(イントラ・Slack 等)
変更時の手続き
10 人未満なら届出義務なし。10 人以上に達した時点で初回届出が必要(労働者代表の意見書添付)。それ以降は変更ごとに届出。
36 協定との関係
労働者を時間外労働させる場合、就業規則とは別に 36 協定(労使協定)を労働基準監督署に届け出る必要あり(労働基準法 第 36 条)。代表 1 人法人では不要。
FAQ
Q1. 代表 1 人法人で就業規則は誰に適用される? A. 役員は労働者ではないので就業規則の労働条件部分は適用されない。ただし旅費規程・慶弔規程・福利厚生規程は 役員にも適用可能(規程内で「役員及び従業員」と明記)。
Q2. 配偶者を取締役にする場合、就業規則は必要? A. 取締役(役員)であれば不要。 使用人(労働者)として雇うなら整備推奨(労務実態の立証用)。役員兼務使用人は給与部分について給与の損金算入が制限される点(法人税法 第 34 条)に注意。
Q3. 自分で作るのが不安。社労士に頼むと費用は? A. 標準的なマイクロ法人向けの就業規則 + 賃金規程 + 旅費規程セットで 15〜30 万円程度。継続顧問契約(月 1〜3 万円)と組み合わせると変更対応も含めて効率的。
Q4. ハラスメント防止条項は必須? A. 労働施策総合推進法(パワハラ防止法)により、 2022 年 4 月から中小企業も義務化。雇用する従業員の有無に関わらず方針規定は必要(措置義務は雇用主体に課される)。
Q5. 就業規則を作ったら税金が増える? A. 直接的な税金増はなし。逆に旅費規程・福利厚生規程の整備により 損金算入できる経費が広がることが多い。
Q6. 起業初年度に作るべき? A. 役員 + 役員 1 人体制で当面雇用予定なしなら、 旅費規程・慶弔規程・福利厚生規程の 3 点セットだけ先に整備するのが効率的。本格的な就業規則は雇用が発生する時点で対応。
就業規則は「義務がないから作らない」ではなく、「経費の損金性と労務リスクの予防」のために整える内部資産です。最小構成なら半日〜1 日で雛形ベースで作れます。労務 + 税務両方を見られる専門家は税理士マッチング比較から社労士提携のある事務所を選ぶのが効率的です。